
この記事では、大学を中退して居酒屋バイトと工場派遣を経験し、急な契約打ち切りをきっかけに「工場以外の仕事に就きたい」と転職活動を始めた23歳男性が、複数の選考を経てピザ移動販売の正社員内定を獲得しながら、親の反対という壁にぶつかったリアルをお届けします。
「就職活動を始めたものの、踏み切れない理由がある」「自分の軸がまだ定まっていない」——そういった状況の方に正直に届けたい体験談です。

記事を書いている僕は26歳まで年収190万円の倉庫作業員(フリーター)でした。その後、IT業界に転職して年収500万円になり人生が変わりました。現在は20代向けに転職や副業に役立つ情報を発信しています。
| 名前 | H・Kさん(23歳男性) |
|---|---|
| 学歴 | 大学中退(工学部・2年次に退学) |
| 主な職歴 | 居酒屋アルバイト(4〜5年・ホール担当)→ 工場派遣(1年・金属加工ライン) |
| 就活のきっかけ | 工場派遣の契約が急に打ち切られたことを機に「工場以外の正社員」を目指して転職活動を開始 |
| 就活の軸 | 「工場以外の仕事」「スキルアップ・職歴を積める職場」「コミュニケーション力が活かせる仕事」 |
| 使用した就職サービス | 転職エージェント(複数社に応募・選考経験あり) |
| 最終的な結果 | 移動販売系の正社員内定を取得→親の反対によりフリーター継続を選択 |
今回インタビューしたのは、大学を中退して居酒屋と工場での生活を続けてきた早川慧太さん(23歳男性・仮名)です。
「人に影響を与える人になりたい」という夢を持ちながら、就活を通じて複数の選考を経験。内定を獲得したものの、最終的には親との相談の末にフリーターを続けるという選択をしました。
3分で読める内容ですので、それではいきましょう〜。
※「今すぐにフリーターから就職したい!」という方は、以下の記事を読む方が早いかもです。
目次
大学を辞めた、その本当の理由

早川さんが大学を中退したのは、2年次のことでした。
「大学でやっていることに興味がなかった。何も考えずに進学して、大学に入った。大学を続けても意味がないと思った。」
工学部を選んだのは「就職先が多そうだから」という理由でした。やりたいことが明確にあったわけではなく、なんとなく進学した先で、やりたいことと違うと気づいて辞めた——そういう経緯です。
大学を辞めた後は居酒屋のアルバイトを始め、ホールスタッフとして4〜5年働きました。「できる方で、怒られたことがなかった」という言葉からも、仕事への真面目さが伝わります。
お客様とのトラブル対応やキッチンとの間を取り持つ役割も経験し、「一緒に働いていた人たちとの関係が好きだった」と話します。
この居酒屋での4〜5年が、早川さんのコミュニケーション力の土台になっています。
工場派遣を急に打ち切られた——就活のスタート地点

居酒屋の後、早川さんは工場の派遣社員として1年間働きました。
金属板をプレス加工するライン作業で、手取りで20万円前後という収入でした。
「地元の友達も工場をやっている人が多かった。お金が良いと思って選んだ。」
ライン作業そのものについては「毎日同じ作業が続くのがストレス」と感じながらも、自分なりの工夫を重ねていました。
「昨日より早く終わらせようと、休憩前に機械を動かしておく、前日に準備する、頭の中でシミュレーションする——そういう工夫が楽しかった。」
毎日同じ作業の中でも「ゲーム性を持たせて取り組む」という姿勢が、早川さんの仕事への向き合い方の核心です。
ところが、契約期間の3日前に急な打ち切りを告げられました。
「急に言われたので、びっくりした。でも、これをきっかけに工場以外の仕事に就こうと思った。」
ピンチが転機になった瞬間です。
野球副キャプテンが育てた「メンタルの強さ」

早川さんの学生時代を振り返ると、野球が中心にあります。
小学校のソフトボールから始まり、中学・高校と野球部で副キャプテンを務めました。
「辛かったことは特にない。やるしかないと思っていたので、メンタルは強め。」
この「やるしかない」というメンタリティが、早川さんの最大の強みのひとつです。
周りから「メンタルのコントロールができる」と言われることが多いと話します。感情に流されず、状況を受け入れて前に進める。この特性は、営業・接客・現場系を問わず、どんな職種でも力を発揮できる素地です。
「人に影響を与える人になりたかった。野球選手やアーティストに憧れていた。」
副キャプテンとしてチームを支えた経験は、「自分が先頭に立って引っ張るより、影響を与えながら支える」という役割への適性と重なります。
多くの求人を断った——その理由にある「自分の軸」

転職エージェントとの面談を通じて、早川さんには多数の求人が提案されました。
買取専門店の店舗スタッフ・移動販売のピザ屋・法人営業・ITエンジニア・タクシードライバー・印刷会社の営業・大手旅行グルメサービスの契約社員営業——幅広い方向性の求人を見ていきましたが、多くは断っています。
「断った求人が多いということは、自分がどういう仕事を避けたいかが整理されてきた、ということでもある。」
断った理由は求人ごとに違いますが、「転勤がある仕事」「出張が長期にわたる仕事」「完全に一人で動く仕事」などが引っかかっていたようです。
その一方で承諾して応募したのが、大手旅行グルメサービスの法人営業(契約社員)と通信機器の法人営業(正社員)の2社です。
大手旅行グルメサービスの選考では0.5次面接(Webでのカジュアル面談)まで進みました。「じゃらん・グルメ・美容サービスを企業に提案する仕事で、コミュニケーション能力と仕事の工夫経験が活かせる」という方向性が、早川さんの特性と重なっていました。
通信機器の法人営業は、スマートフォン・タブレット・複合機などを法人に提案する仕事で、体育会系の職場文化がありインセンティブで稼げる環境です。副キャプテンとして培ったチームプレーの経験が活きる職場でもありました。

移動販売の正社員に内定が出た——そして親の壁

複数の選考を経た末、早川さんに内定が出たのはピザの移動販売の正社員職でした。
独立支援の仕組みがある会社で、「自分で計画を立てて、次の現場の交渉も自分で行う」という自律性の高い仕事です。自分でルートを決め、ピザを焼きながら販売する——「人に影響を与えたい」という夢と、「自分で考えて動ける仕事がしたい」という軸が重なる職種でした。
「内定が出た。でも、親に相談したら反対された。」
出張が長期にわたる可能性があること、転勤が実質的に発生する働き方であること——そういった条件が、親の反対の理由でした。
「親の反対があって、結局フリーターを続けることにした。」
この決断には、賛否があるかもしれません。でも、「家族との関係の中で就職の判断をする」という現実は、20代の就活では決して珍しいことではありません。
この就活を経て何を得たのか
内定を取って、それでも踏み切れなかった——この就活は「失敗」ではありません。
就活のプロセスを通じて、早川さんには明確になったことがあります。
自分が何を避けたいかが整理された
多くの求人を断る経験の中で、「長期出張・全国転勤・完全孤立型の仕事は向いていない」という輪郭が見えてきました。次の就活では、この条件で最初から絞れます。
コミュニケーション力が仕事の核心だとわかった
居酒屋4〜5年で身につけた対人スキルと、副キャプテンで培ったチームワークは、工場以外の職種——特に営業・接客・法人提案系——で正当に評価される素地として確認できました。
「親の反対」も、ひとつの現実として受け入れた
内定を辞退した経緯は、早川さんにとって消化しきれない部分があるかもしれません。ただ、「なぜ親が反対したのか」「自分はどういう条件の職場を選べばいいのか」という問いを持って次の就活に向かえることが、今回の経験の価値です。
この体験談から見えてくること

早川さんのストーリーには、就活を始めたものの踏み切れない方や、内定後に迷っている方に届けたいポイントがあります。
「断った求人の数」が、自分の軸を教えてくれる
多くの求人を断った経験は、「自分が何を大切にしているか」を明らかにしてくれます。断った理由を言語化できれば、次の就活では最初から合う求人に絞れます。
工場・アルバイト経験は「コミュニケーション力の証明」になる
居酒屋での長期経験と工場での自主的な工夫は、「続けられる人間・自分で考えて動ける人間」という証拠です。正社員未経験でも、このエピソードを面接で語れれば選考は変わります。
「親の反対」があるときは、条件を具体的に整理してから再挑戦する
親が反対した理由が「長期出張・転勤」であれば、それらのない求人を選ぶことで再挑戦できます。反対された理由を分析することが、次の就活の方向修正につながります。

おわりに
大学を辞めて、居酒屋で4〜5年、工場で1年。急な契約打ち切りで動き出して、複数の選考を経て内定まで取った。
でも、踏み切れなかった。
その経験は確かに残ります。「何が向いているか・何を避けたいか」が少しずつ見えてきた就活のプロセスは、次の一歩に必ずつながるはずです。
「人に影響を与える人になりたい」という夢は、まだ生きています。