
この記事では、製造派遣の雇い止めによって仕事と住まいを同時に失うタイムリミットを突きつけられ、切迫した状況の中で就職活動に踏み出した26歳高卒男性のリアルをお届けします。
「派遣切りにあって、仕事だけでなく住む場所まで失いそうで焦っている」「高卒・フリーター歴が長くても、今から正社員を目指せるのか不安」——そんな状況にいる方にこそ読んでほしい体験談です。

記事を書いている僕は26歳まで年収190万円の倉庫作業員(フリーター)でした。その後、IT業界に転職して年収500万円になり人生が変わりました。現在は20代向けに転職や副業に役立つ情報を発信しています。
| 名前 | A・Tさん(26歳男性) |
|---|---|
| 学歴 | 高校卒業 |
| 主な職歴 | リサイクルショップ販売スタッフ(3年1ヶ月)→ 仮装バースタッフ(7ヶ月)→ 製造派遣・車シートフレーム製造(愛知) |
| 就活のきっかけ | 景気情勢による生産調整で雇い止め、同時に工場寮も退去必須 |
| 就活の軸 | 「業種・職種不問、生活できる収入があれば」「将来的に手に職をつけたい」 |
| 使用した就職サービス | 転職エージェント(登録・求人選定中) |
| 目指す職種 | 業種・職種こだわりなし(製造・販売・軽作業など) |
今回インタビューしたのは、秋田から愛知へと移り住み、製造の派遣社員として働いてきた安藤達章さん(26歳男性・仮名)です。
景気情勢に伴う生産調整で5月末に雇い止めを告げられ、さらに6月中には工場の寮を出なければならない——仕事と住まいを同時に失うタイムリミットの中で、就職活動に踏み出しました。
3分で読める内容ですので、それではいきましょう〜。
※「今すぐにフリーターから就職したい!」という方は、以下の記事を読む方が早いかもです。
目次
派遣社員の雇い止め—26歳に訪れたタイムリミット

安藤さんに転機が訪れたのは、26歳の春でした。
製造派遣として大手メーカーの工場で働いていた安藤さんは、景気情勢に伴う生産調整の影響を受け、雇い止めを告げられます。
「派遣社員の雇い止めの影響で、5月末には仕事がなくなる…」
さらに深刻だったのは、仕事だけでなく住む場所も同時に失う可能性があったことです。
工場の寮に住んでいた安藤さんは、6月中に寮を出なければならない状況に追い込まれていました。
「仕事を探さないと引っ越しもできない。仕事がないと次の家にも移れない。」
仕事と住まいが一体になっている派遣の雇い止めは、追い詰められ方が一般の退職とは比べものになりませんよね。
それでも安藤さんは、焦りながらも「なるべく早く動く」と話します。その言葉の裏には、等身大の切実さがありました。
秋田を出た理由、愛知にやってきた理由

安藤さんの出身は秋田県。高校卒業後、地元での生活を続けていましたが、20代前半のうちに「外に出たい」という気持ちが強くなっていきます。
きっかけのひとつは、サブカルチャーへの興味でした。
ゲームや漫画が好きで、リサイクルショップで長くアルバイトをしていた安藤さんにとって、地元の時給の低さと選択肢の狭さはじわじわと窮屈に感じられていました。
「秋田の時給は840円だった。1人暮らしもしてみたかった。」
そうして名古屋方面へ出てきた背景には、もうひとつの理由もありました。愛知県に付き合っている人がいたのです。
「彼女のいる場所で仕事をしたくて愛知に来た。」
恋愛と自立、どちらの気持ちも本物だったのでしょう。秋田から愛知という大きな移動を、安藤さんは自分の意志で実行に移しました。
これまでの仕事を振り返る—3つの職場で見えてきたもの

安藤さんのキャリアは、大きく3つの職場経験で構成されています。
① リサイクルショップの販売スタッフ(3年1ヶ月)
秋田時代に3年以上続けた職場です。ゲームや漫画の中古品を扱うリサイクルショップで、レジ打ち・買い取りカウンター・値付け・品出しを担当しました。
「カード・ゲームの担当になりたかったけど、家電の担当だった」と話しながらも、「作業自体がストレスではなかった」と振り返ります。
希望どおりではない配属でも不満をため込まずに続けられた——その忍耐力と適応力は、決して小さな強みではないですよね。
② 仮装バーのスタッフ(7ヶ月)
SNSでスカウトされ、興味を持って飛び込んだ仕事です。女装して接客するスタイルのバーで、「女装する人を見るのが好きな人が集まる」ユニークな店でした。
「接客業務は楽しかった」と話すいっぽう、「オーナーからの圧が強くなってきた」ことが退職の決め手になったそうです。
場の空気をつくる役割を担い、話を積極的にして盛り上げることを求められた経験は、コミュニケーション力という面で十分に語れる素材になります。
③ 製造派遣(2019年12月〜)
愛知に来てから就いた仕事です。大型の機械を使って、車のシートフレームのナット取り付けを担当しました。
「特に嫌な作業はなかった。同じ作業を繰り返しても苦にならなかった。」
繰り返し作業が苦にならないという特性は、製造・検品・軽作業系の職場では即戦力になる素質です。
「嫌な作業はなかった」という言葉の意味
インタビューの中で印象的だったのは、安藤さんが複数の職場について「特に嫌なことはなかった」と繰り返したことでした。
リサイクルショップでは、希望外の配属でも「ストレスではなかった」。製造現場でも、単調な繰り返し作業に「嫌いな動作はなかった」。
一見すると消極的に聞こえるかもしれませんが、これはポジティブな特性として読み解けます。
「自分にできる仕事ならやりたい」——安藤さんが転職理由として口にしたこの言葉も、同じ性質を持っています。
こだわりが少なく、与えられた環境に素直に適応できる。職種や業種への強いこだわりを持たないぶん、会社が必要としているポジションにフィットしやすい人材でもあるということです。
短所として「とろい・おっとりしている」と自己分析している安藤さんですが、裏を返せば、急かされてもパニックにならず、じっくり仕事に向き合えるタイプです。
次の仕事に求める条件はシンプルだった
安藤さんが今回の転職活動で求めているものは、驚くほどシンプルでした。
「生活できるくらいの収入が確保できれば、業種や職種は問わない。」
希望年収は200万円以上。現在の年収が250万円であることを考えると、収入の維持よりも「安定して働き続けられる環境を手に入れること」が最優先になっています。
3〜5年後の展望を聞くと、こんな言葉が返ってきました。
「手に職がつく技術があればいいと思う。」
今すぐに専門スキルを持っているわけではないけれど、この先のどこかで「自分にしかできること」を身につけたい。その気持ちは、着実に育っています。
何もないところから積み上げていける仕事なら、業界を問わない。それが安藤さんの、今の正直な出発点です。

転職活動のリアルな状況—今、何が起きているか
安藤さんの転職活動は、かなり切迫した状況からのスタートです。
5月末には雇い止めになる予定で、6月中には寮を退去しなければならない。「仕事を探さないと引っ越しもできない」という言葉どおり、転職活動と住まいの確保がほぼ同時に動いている状態です。
こうした緊急性のある状況では、一人で求人サイトを眺めているだけでは時間が足りません。
安藤さんは転職エージェントへの登録を選び、プロと相談しながら求人を絞り込んでいます。
「自分にできる仕事ならやりたい」というスタンスで業種・職種を問わないぶん、エージェントが客観的な視点で求人を提案してくれる環境は、安藤さんにとって合っているやり方かもしれませんね。
これから本格的に企業への応募が始まる段階で、どんな会社と出会うかがまさに正念場です。

面接で使える、安藤さんの等身大の強み
「提供できるものが今は何もない」と安藤さんは話しました。
でも、話を掘り下げていくと、面接で使える素材はちゃんとあります。
どんな環境でも適応できる柔軟さ
秋田から愛知への移住、慣れない工場勤務、仮装バーというユニークな職場——環境が変わるたびに「嫌いな作業はなかった」と言い切れる人間は、そう多くありません。
場所も職種も変わっても腐らずに続けられる。それは「扱いやすい人材」という意味ではなく、「環境変化に強い人材」という強みです。
繰り返し作業をこなし続けられる集中力
製造現場で同じ動作を毎日続けて苦にならない——この特性は、軽作業・物流・検品・データ入力といった職場で直接活かせます。「飽き性な人が続かない仕事」を安定してこなせる人材は、採用側から見て価値があります。
「人のためになる仕事をしたい」という原点
看護学校に入った理由として安藤さんが挙げたのが「人のためになる仕事をしたかった」という言葉でした。経済的な事情で退学することになりましたが、その気持ちは今も根っこにあります。
面接で「なぜこの仕事を選んだか」と聞かれたとき、この原点にさかのぼって話せるかどうかが、志望動機の深みに関わってきますよね。
この体験談から読み取れること

安藤さんのエピソードには、フリーターや派遣社員として働いてきた26歳が正社員を目指すうえで参考になるポイントがいくつかあります。
「やりたいことがない」は弱点ではない
業種・職種にこだわりがないことを、多くの人は「弱み」と感じています。
でも、言い方を変えれば「どんな職場でも前向きに取り組める人間である」とも伝えられます。
「何でもできます」ではなく、「どんな仕事でも自分にできることを探してやり遂げてきました」という形に変換するだけで、印象は大きく変わりますよね。
「時間を差し出せる」というのも、立派な出発点
「提供できるものがないなら頑張れるか?」という問いに、安藤さんは「時間」と答えました。
自分には今はスキルも経験も少ないかもしれない。でも、時間と努力を差し出すことならできる——そのシンプルな覚悟が、正社員への第一歩になります。
切迫した状況こそ、エージェントを使う理由になる
仕事と住まいを同時に失うタイムリミットがある状況では、一人で動ける時間は限られています。
こういうときこそ、転職エージェントを使って効率よく動くことが大切です。求人の絞り込みから面接対策まで、プロのサポートを借りることで、一人では気づけなかった選択肢に出会えます。

まとめ
秋田から愛知へ移住し、派遣社員として工場で働いてきた安藤さんが、雇い止めと寮退去というダブルのタイムリミットの中で就職活動をスタートさせました。
「やりたいことが特にない」「提供できるものが今はない」——そう話す安藤さんでも、話を深掘りすれば面接で語れる素材は確かに存在します。
26歳、高卒、フリーター歴が長い。その数字だけを見て諦める必要はないですよね。
大切なのは、タイムリミットがある今、動き出すことです。
安藤さんの切実なリアルが、同じ状況で悩んでいる方の背中を押せれば嬉しいです。
