
この記事では、大学卒業後に祖父の介護で2年間のブランクがあり、工場の正社員を体調不良で4ヶ月で退職した25歳男性が、転職エージェントを使って7社の選考を経験し、最終的に大手タクシー会社の正社員内定を獲得した就職成功体験談をお届けします。
「ブランクがある・工場を短期退職した・何社も落ちている」——そういった状況の方に、最も届けたい逆転劇です。

記事を書いている僕は26歳まで年収190万円の倉庫作業員(フリーター)でした。その後、IT業界に転職して年収500万円になり人生が変わりました。現在は20代向けに転職や副業に役立つ情報を発信しています。
| 名前 | M・Rさん(25歳男性) |
|---|---|
| 学歴 | 大学卒業(ビジネス学部) |
| 主な職歴 | 書店・レンタルショップアルバイト(6年)→ 医療機器工場・正社員(4ヶ月・体調不良で退職) |
| ブランク歴 | 大学卒業後2年間:祖父の介護のため離職状態 |
| 就活の結果 | 転職エージェント経由で7社の選考を経験→大手タクシー会社の正社員内定・入社決定 |
| 内定の決め手 | 運転への抵抗感のなさ・自由なシフト・面接官の人柄・福利厚生の充実 |
| 将来の目標 | 手に職をつける・資格を取得してステップアップ |
今回インタビューしたのは、大学卒業後に2年間の介護ブランクを経て、医療機器工場で正社員になったものの体調不良で4ヶ月で退職。その後、転職エージェントを通じて7社の選考を粘り強く続けた末に、大手タクシー会社の正社員内定を勝ち取った宮田亮介さん(25歳男性・仮名)です。
「何社も落ちても諦めなかった人間が、最後に内定をつかんだ」——その過程をリアルに伝えます。
3分で読める内容ですので、それではいきましょう〜。
※「今すぐにフリーターから就職したい!」という方は、以下の記事を読む方が早いかもです。
目次
大学卒業後の2年間——祖父の介護という選択

宮田さんの大学卒業後は、一般的な就職活動の道ではありませんでした。
祖父が脳梗塞で倒れたため、介護を担当することになりました。家族の事情から、就職せずに2年間を介護に費やしたのです。
「働くことよりも、家族のために動くことを選んだ。」
この2年間は、履歴書上ではブランクとして見えますが、実際には「家族への責任を果たした期間」です。介護という経験から得た「相手のペースに合わせて丁寧に関わる力」は、仕事でも形を変えて活きていきます。
介護が落ち着いた後、宮田さんは就職活動を再開します。書店・レンタルショップでのアルバイトを6年間続けながら、ハローワークを通じて医療機器メーカーの工場に正社員として入社しました。
書店6年・工場4ヶ月——積み上げてきた実績と直面した限界

書店・レンタルショップでのアルバイト6年間は、宮田さんの大きな財産です。
「本とDVDが好きだったから、自然と長続きした。」
お客様のニーズに合わせた本の提案、在庫管理、接客——6年という長期間で培ったコミュニケーション力と業務の正確さは、就活での確かなアピール素材になりました。
「書類選考の準備で自己紹介を考えたとき、書店での6年間がいちばん語れる素材だった。」
その後入社した医療機器工場では、カテーテルの製造ラインで精密作業を担当しました。
「1本しか作業できなかった時間で、同時に5本の作業ができるようになった。」
無駄な動きを省いて効率を上げていく工夫が身につきました。朝・昼・深夜早朝の3交代制も問題なくこなし、夜勤への適性も証明できていました。
ところが、異動先の現場でゴーグルを着けて顕微鏡作業をすることになり、作業中に吐き気を催してしまいます。
「作業のストレスはなかった。本当は続けたかった。でも身体が合わなかった。」
異動願を出しましたが、受け入れ先が遠方の工場しかなく、引っ越し費用も出せないため退職を選ぶことになりました。
6年間の書店バイト・将棋・映画制作——宮田さんの素顔

宮田さんの趣味や学生時代の話を聞くと、一貫したキャラクターが浮かび上がります。
中学生から今も続けている将棋への熱量は「正解を出すことへの追求」として表れています。物事を論理的に整理して、最善手を考え続ける思考スタイルが自然に身についています。
大学時代は映画制作サークルで、動画の編集チェック作業を担当していました。「自分でゼロから何かを作ることより、細かく確認して整えることが得意」という自己認識が、このサークル活動でも確認できます。
「穏やかな性格で、怒っているところを見たことがないと言われる。」
対人関係でのトラブルが少なく、誰とでも働きやすい環境を作れるタイプです。この特性は、タクシードライバーとして多様なお客様と向き合う仕事でも、確かに活きる素地になっています。
7社の選考——落ちても動き続けた就活の記録

宮田さんの転職活動は、決して一直線ではありませんでした。
転職エージェントと相談しながら7社の選考を経験しています。その一つひとつに、学んだことがありました。
生協グループの配送ドライバー(2次面接で落選)。
書類・1次面接を通過して2次面接まで進みましたが、惜しくも落選しました。面接後の宮田さんの感想は正直でした。「すごく忙しそうで、時間に追われていた。スピードに付いていけるか不安だった。」落ちたことへのショックより、「自分がそこで力を発揮できるか」という視点で自己分析できていたことが印象的です。
大手セキュリティ会社のスタッフ職(1次面接で落選)。
東証一部上場の大手で、1次選考まで進みましたが通過できませんでした。会社説明会・適性検査・面接という手順で選考が進む、ハードルの高い求人でした。「真面目で誠実」という採用基準に宮田さんは合致しているはずでしたが、大学卒業後のブランクの説明が課題になった可能性があります。
物流センターの管理業務・梱包財管理・ルート配送ドライバー(書類・面接で落選)。
複数の物流・倉庫系の求人に応募しましたが、書類や面接の段階で通過できませんでした。前職の経験に近い職種での挑戦でしたが、「短期退職」「ブランクあり」という経歴が影響した可能性があります。
ロボットメンテナンス職(書類落ち)。
宮田さんの細かい作業への適性を活かせる職種でしたが、書類段階で落選しました。
インフラエンジニア(募集ストップ)。
手に職をつけたいという希望に合った職種でしたが、コロナ禍の影響で募集が中断されてしまいました。
これだけの選考を経験しながら、宮田さんは転職エージェントとの相談を続け、「次の一手」を模索し続けました。この粘り強さが、最終的な内定につながります。

大手タクシー会社への内定——「運転が嫌いではなかった」という気づき

7社の選考を経て、転職エージェントから新たに提案されたのが大手タクシー会社の正社員採用でした。
「タクシードライバー」という選択肢は、最初からイメージしていたわけではありませんでした。でも、話を聞いてみると自分の軸との合致点がいくつも見えてきました。
「運転が嫌いではなかった。」
普通免許・普通二輪・準中型と、運転への親しみがあった宮田さんにとって、ドライバーという仕事は自然な方向性でした。
「シフトが自由に組めるので、働きやすそうだった。」
深夜夜勤でも大丈夫という体制が整っていた宮田さんに、シフトの柔軟性は大きな魅力でした。
「面接官の方の人柄がよく、圧迫感もなかった。」
穏やかな性格の宮田さんにとって、「一緒に働く人の雰囲気」は重要な判断材料でした。
「福利厚生も充実していた。」
大手グループ企業としての安定性と福利厚生の充実が、長く続けて手に職をつけたいという希望と合っていました。
選考を通過し、正社員として内定を獲得。宮田さんは入社を決断しました。

タクシードライバーという仕事と、宮田さんの強みの一致

「なぜタクシードライバーが宮田さんに合っているのか」を整理すると、強みとの一致点がいくつも見えてきます。
細かい確認作業・繰り返し業務への適性
タクシードライバーは、安全確認・料金メーターの操作・ルートの選択という繰り返しの業務で構成されています。「繰り返し同じ作業が嫌にならない」という宮田さんの特性は、この仕事で力を発揮しやすいです。
「穏やかで怒らない」という対人特性
多様なお客様と1対1で接するタクシーの仕事では、感情的にならずに冷静に対応できる人材が求められます。宮田さんの穏やかな性格は、接客のベースとして機能します。
業務効率化を考え続ける思考スタイル
「無駄な動きを減らして、同じ時間で5本の作業をこなせるようになった」という工場での経験は、タクシーでも「効率的なルート選択・お客様の待たせない接客」として応用できます。
夜勤・シフト変動への対応力
3交代制の工場勤務で夜勤を経験していた宮田さんは、変動するシフトへの対応力が証明されています。

この体験談から学べること

宮田さんのストーリーには、就職活動でなかなか内定が出ずに苦しんでいる方に届けたいポイントがあります。
「ブランク・短期退職」は、説明できれば選考で戦える
2年の介護ブランクと4ヶ月の短期退職という経歴は、一見すると不利に見えます。でも、「介護という理由があった・退職は身体的な事情だった」と論理的に説明できれば、採用担当者に理解してもらえます。宮田さんが複数の面接まで進めた事実が、それを証明しています。
7社落ちても動き続けた人間に内定は来る
書類落ち・1次落ち・2次落ちを繰り返しながらも、次の一手を模索し続けた。その継続が、最終的に「自分に合う職場」との出会いをもたらしました。就活で大切なのは、落ちた数より「動き続けた数」です。
「最初から想定していなかった職種」に正解があることも多い
宮田さんはタクシードライバーを最初から志望していたわけではありません。選考を重ねる中でエージェントと相談し、「運転が嫌いではなかった」という自分の特性と照らし合わせた結果として、この仕事との出会いがありました。「どんな仕事があるかわからない」状態でエージェントに相談することの価値が、宮田さんの就活に表れています。

おわりに
介護のブランクがあって、工場を4ヶ月で辞めて、7社の選考に落ち続けた。
それでも諦めずに動き続けた25歳が、大手タクシー会社の正社員内定を手にしました。
「手に職をつけて、資格を取ってステップアップしたい」という目標を持った宮田さんの新しいキャリアが、タクシードライバーという仕事の中で着実に育まれていくことを願っています。
諦めなければ、道は開ける。宮田さんの就活が、その一つの証拠です。
